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破壊と誕生の間:バシム・アル・シェイカーあいち国際芸術祭2025
by Megumi Miyamoto | Jan 3, 2025 | Art

アート作品たちに出会う前から、
会場に足を踏み入れたとき、
わたしはまるで深海に潜ってゆくような心地がしていました。
深い深い、海の底へと降りていくときの、
内側の鼓動だけが聞こえてくるような静けさ。
息が、いつもよりゆっくりになっていくのを
わたしは、ただ見つめていました。
そして、この空間から、
「あなたは、もっと潜っていける」
と、静かに促されているように感じたのです。
同時に、その圧倒的なエネルギーに少し戸惑い、
しばらく椅子に座り、目を閉じて、
ただ空間にただよっている“気配”を聴いていました。
30分ほど、そうして過ごしたあと、
導かれるように、ひとつの作品の前に立ちました。
その作品が《New Birth(新たな誕生)》。
アーティストは、1986年生まれ、バグダッド(イラク)出身、
現在はニューヨークを拠点に活動されている
バーシム・アル・シャーケルさん。
この作品は新作で、天井から吊り下げられていた
別作品《スカイ・レボリューション》は、
2003年のイラク戦争で、爆撃直後に目撃した光景をもとに
描かれたものだと紹介されていました。
《スカイ・レボリューション》を上にみながら
《New Birth》の前に立ったとき、
わたしは、アル・シャーケルさんご自身が
戦禍のただ中で感じていたことと、
その「戦禍を見る眼」が変容していった心の動きとを、同時に受け取っているように感じました。
暗い部分だけをみると、闇夜のよう。
けれどそのすぐ上には、
花が一輪、舞っているのです。
しんとして、時間が止まったかのように
感じました。
降り注いだあと、その刹那に
このように“見る”ことができること。
破壊のただ中にあるはずの光景を、
それでもなお、その瞬間に
生まれているものがあるとみつめていること。
その視線そのものが、
すでに光に包まれているように感じられました。
その瞬間、
わたしが日常で抱いていた問い、
「どう見たらいいのだろう」
という疑問や、
「わたしに関係がないわけはない、
けれど、どう関係しているのか言えない」
という
言葉にならなかった違和感が、
ほどけていくのを感じました。
それは、まさに
「灰と薔薇のあいまに」
いさせてもらったような体験でした。
わたしはもう一度、作品に向かって問いかけました。
「いま、わたしがあなたから受け取ることになっているものを、
教えてください」
すると、ほぐれた心のまま、
上からも(頭上にも、左側にも絵があったので)、
横からも、全体からも、
同時に、まっすぐに伝わってきました。
「あなたの中に現れる、
理由のわからない静けさ。
それを、括らなくていいのです」
「全体を、全部で、あなたまるごとで、見ていきます」
「暗い部分に目を向けているように思えても、
それでも、あなたは
あなた丸ごとで、見なくてはならないのです」
空。
大気。
頭上に飛び散る瓦礫。
耳をつんざくような爆音。
そして、その直後に訪れる、
一瞬凍りついたような、奇妙な静けさ。
それが、アル・シャーケルさんの記憶に
深く刻まれている風景だと、紹介文から知りました。
彼は、10代の多感な時期を、
2003年のイラク戦争とその後の激しい混乱の中で過ごし、
バグダッド美術大学で絵画を学び、2013年には
ヴェネツィア・ビエンナーレのイラク館にイラク代表作家として参加。
それをきっかけにニューヨークへと渡り、
戦争を直接描く表現から、
色、大気、粒子、破片といった
抽象的な世界へと移行していったと伝えられていました。
彼はこう語っています。
「これらの絵が描いているのは死ではない。
爆弾でもない。
爆発の後の刹那だ。
すべての絵が新しい始まりを示唆している。
死は存在するが、わたしは新たな人生を得た。
わたしは、まだ生きている」
わたしが《New Birth》から受け取ったものと、
この言葉は、深いところで響き合い、
胸に残りました。
みつめる眼の変容が促されたのです。
また、この芸術祭全体について、
芸術監督フール・アル・カシミ氏の言葉も
心に広がり続けています。
「この芸術祭は、
わたしたちすべてが同じ空の下に生き、
すべての人が自由になるまで、
誰一人として自由ではないということを
思い起こさせる芸術祭でもあります」
深海に潜るように入っていった、
祈りを捧げているかのような芸術祭の空間で、
ひとつの作品と出会い、
それは確かに、わたし自身の内側の出来事として、
生命の始まりと、
「そこだよ」と差し出される静寂の光を
思い出してゆける体験となりました。
わたしは《New Birth》から
確かに、受け取っていました。
まるごとを投じ
分かち合ってゆく道を。





